ゆったりと流れる、お寺じかん|京都・酬恩庵一休寺
ー2025年も残すところ後2日で終わる。ー
我が家の年末年始は特別年末年始らしいことはほとんどしない。
することと言えば、大晦日はすき焼きを食べる。
すき焼きを食べるために、自宅から少し離れたスーパーまで足を運び
普段は手が出ないような金額のお肉を買う。
それが唯一の楽しみなのだけれど、それ以外は普通の大型連休とあまり変わらない。
普段は仕事で家を空ける夫が家にいる。
一人で過ごす日常と比べると、”人の目がある”それだけで、行動に変化や、
何か言われるわけでもないのに、勝手に”できないこと”を作り出してしまったりもする。
夫と過ごす時間が嫌いなわけでもないし、夫がいる事で助かる事も安心する事もある。
ただ、私にとっては夫と過ごす時間は”日常”とは少し違ったニュアンスを含む。
嫌いなわけではない。ただ、そんな日が何日も続くと、どこかともなく逃げ出したくなる、そんな瞬間があるのも事実。
そんな中、今回は更なる”非日常”に身を置く決断をした。
お寺って何するところ?
午前10時、JR奈良駅で待ち合わせ。
随分と早く着いてしまった私は、駅の様子を動画で撮ってみたり、待ち合わせ場所を確認したりしながら、この場所で合っているのか、少し不安になりながらもしばらく待っていると、一緒に参加するcamellメンバーも到着したため安心した。
しばらくお喋りをしながら待っていると、今日のお誘いを立ててくれた、やなぎさんが車で迎えに来てくれた。
車に乗り込み、もう一人のメンバーを近くにある駅に迎えに行く。
無事、合流を果たし、着いた場所は「酬恩庵一休寺」というお寺。
普段、神社を目的地として足を運ぶ事はよくあるけれど、お寺を目的地にする経験はほとんどしてこなかった。
というのも、お寺が何をしに行く場所なのかという事がいまいち理解できていない。
車を降り、一歩足を踏み入れると空気が変わったような気がした。

写真を撮るのが好きな私たちの歩みは、とてもゆっくりだ。

この日のために着物を着てきてくださった、やなぎさん。素敵。
思い思いに、それぞれの視覚が捉えた反応を切り取る。
私は、地面に生えているきのこを見つけて、心が弾んだ。

赤い実は、私たち全員の視覚を鷲掴みにしました。

境内に歩みを進めていくと、方丈庭園 南庭に到着し、美しく手入れされたお庭に目を奪われた。

お天気も良く、暖かな日差しと、目の前に広がる美しい景色を眺め、暫く参加者全員が言葉を失っていった。

一緒にいるのだけれど、それぞれ自分の内側に矢印が向く人もいれば、せっせと撮影し続ける人もいて、心地良い時間が流れる。
気付けば結構な時間が経っていたかもしれない。
時間の感覚が溶けるようなひと時をそれぞれが思い思いに過ごした。
そうこうしていると、また”みんなで過ごす時間”に段々と意識が立ち返って行く。
そして始まる撮影タイム。

お寺の雰囲気と着物が合い過ぎて、ほんとありがとう!
ひとしきり、ゆったりとした時間を過ごし、再び境内を見て回った。
宝物殿には一休禅師の頂相や遺偈などの墨跡等が展示されていた。

更に奥へ進んで行くと、旧墓地や手植えされた三本杉、少年時代の一休さんの銅像等がある。
池には真鴨がいた。


ひとしきり一休寺を堪能した私たちは、時間もちょうどお昼時になり、腹ごしらえをするべく、お店をどうするか相談し、再び、やなぎさんの車へ乗り込んだ。
お腹を満たした私たちが次に向かったのは、「慈光院」。
拝観料を納め、庭園に通していただいた。
慈光院さんは、先ほどの一休寺さんとは異なり、寺の敷地全体を庭園として設計し、周囲の風景・景観と調和するように構成されている。

こちらではお抹茶を立てていただいた。

甘いお茶菓子と一緒にいただく、苦みの強いお抹茶は口の中の甘味と中和されていくのを味わった。
こういう組み合わせを美味しいと感じる事ができるって歳を重ねた証拠だなぁ等と考えながら、静けさに包まれた空間で味覚に意識を集中させる時間は何とも言えない贅沢な時間だと感じた。
お茶とお菓子をいただいた後、次に行きたい場所についてお喋りしたり、思い思いの時間を過ごす。

そこにはただ、ゆったりとした時間が流れていた。
今回参加させてもらって、お寺で過ごす時間を経験させてもらって、とても良い時間の過ごし方を知る事ができた。
慌ただしく過ぎる日々や、周りの目が気になって疲れてしまった時、
ゆったりと自分との時間を意識的に過ごすための選択肢として、とても良い選択肢だなと感じました。
今度のお休みはお寺巡りしてみませんか?




