camell
写真が好きな、あの子の本音。
camell「zines」

STORY
2026.04.30

自分にとっての「作品」とは

今回こちらのオンラインイベントに参加中で、そこで感じたことをまとめておきます。

「私の写真を、作品に変える」
https://camell.town/events/c86e752e0d69

わたしにとってのただの写真と作品の違いは、「自分の好きが詰まっているかどうか」だと思った。

風景と人物(ポツン多め)を撮ることが好きだと思っていた。今でも好きな方だとは思っている。

今回、自分の好きな写真、自分らしい写真、とっておきの写真はどれだろうと、今まで撮ってきた写真を携帯のアルバムからスクロールして見返す。

そうすると、風景のみだったりスナップ写真だったり、人物写真は少なめ。無意識にザ・人物写真は避けている。人物写真の場合はポツン写真やボケている写真、顔がわからない写真、手元足元写真など。

なぜか考えてみた。自分の好きな表現や描写であることは大前提として考える。

人物写真は、人物がメインの場合、その人ありきの、その人物がメインの写真になってしまうように感じた。そういった中で、自分を表現することがより難しく感じる。人物メインの写真を撮る時はその人物をより際立たせるような写真にしたいという思いが強く出るし、そうなる写真が人物写真になるような。

もうひとつは、人物がはっきりわかる人物メインでない写真は、
それこそ「自分自身をそのまま投影したもの」「自分をそのまま表現することができる」「自分自身の代わりとしてうつっている」ような気持ち。自分自身を写真を通してうつしているように感じる。

写真を通して、わたしの写真の作風を表現するとともに、わたし自身・わたし個人を表現している。

わたしは、うつっている人のための写真ではなく、自分自身のための写真が、自分の作品であるという、わがまま。なのでいつも付き合ってくれる人たちには感謝の気持ちだ。

それでも写真は撮り続けたいし自分の好きを追いかけたい。写真はやめられないね。

PROFILE

maru
maru
・宮城住みのmaruです。
・Fujifilmの機材を愛用しており、フィルムカメラやオールドレンズも使用しています。
・普段は四季折々の風景やポートレートを中心に、淡く優しい記憶の世界を表現しています📸