camell
写真が好きな、あの子の本音。
camell「zines」

STORY
2026.02.04

狭く、深く、近くなった私の世界と「心の余白」

昔の私は、植物を枯らすプロだった。

誰でも簡単に育てられる!という謳い文句につられて迎えたサボテンも、気づけば土が窪んで、本体が少し傾いてしまうほどカラカラにしてしまったし、そうかと思えば今度は過保護にしすぎて、水をやりすぎて腐らせてしまったり。

ズボラなくせに凝り性でもあるわたしは、植物を育てる「いい塩梅」みたいなものが何をどうやっても分からなくて、これはもう致命的に向いていないのだなと、憧れの「植物に囲まれた丁寧な暮らし」は夢のまた夢に終わるのだと思っていた。

それから数年。
おどろくことに、この1年で我が家のリビングには少しずつ、でも着実に植物が増え始めていて、毎朝、彼らの水の渇き具合を確認するのが日課になった私がいた。(ちょっと盛りました。けして毎日は出来ていないけれど。笑)

土を少し掘り返して、奥の方の湿り具合を確認する。
水分量で葉の開きが変わる子は、その具合を探る。
新しい葉が伸びた子は、その伸びたて特有のやわやわな葉をニヤニヤしながら触ってみる。

我ながら嘘みたいだと思う。
あの、枯らしのプロだった私が。

何がどうしてそうなったのか。思えばわたしが植物を枯らさなくなったのは、「外に向けた自分」を少し封印して、「自分の中にいる自分」に意識を向け始めたタイミングだった気がする。

昨年、少し心のバランスを崩した私は、それまで当たり前にこなしていたSNSでの発信をパタリとやめた。見るものも、少しずつ限定していった。
そうしていたら自動的に、身近なものに向ける時間や気持ちが増えていって、気づいたら、植物への向き合い方もほんの少し変わっていた。
今までは、どこかで仕入れたメソッドを真似したり、「冬なら何日おきに水やりを!」みたいな教科書通りの育て方ばかりしていたのが、さっきの土の湿り具合の話のように、その子自身を見て考えるようになっていた。それは多分「植物愛」が芽生えたとかそんな大層な話ではなく、昔のわたしにはそれが出来る「心の余白」が足りなかっただけなように思う。

やりたいことがたくさんあって、あれもこれもと手を出したくて。それはそれで楽しかったけれど、遠くに手を伸ばしてばかりだった分、そばにあるものをじっくり見つめるということはあまり出来ていなかった気もする。

前よりも少し、狭くなった私の世界は、その分だけ深くなったし近くなった感覚もある。

ズボラで凝り性なところは変わらないし、これから先、また枯らしてしまう子が出てくることもあるかもしれないけれど、私の奥の奥の方では、この1年で確実に何かが変わっている。

きっとこれからも変わっていく。
それを楽しめる心の余白は、ちゃんととっておきたいと思う。

文章:りの

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